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冴島家のひみつ

「カオルさま、お久しぶりでございます」
 アトリエにやってきた老紳士の丁寧な挨拶に、カオルは驚きつつも嬉しそうに笑った。
「ゴンザさん、こっちに来るなんて全然知らなかった。どうしよう、掃除してないよ〜」
 どう見てもアトリエ内は人を招けるような状態ではない。
「カオルさま、今日は陣中見舞いに参りました」
 ゴンザは自分の横に置いてあるダンボール箱を二つ、カオルに渡す。
「うわ〜〜っ、『楽クッking』シリーズだ。いつも、ありがとうございます。これ、美味しいですよね」
 彼女はゴンザの持ってきたダンボール箱に印刷されている文字を読んで、顔を綻ばせる。
「あの、開けてみても良いですか?」
「もちろんでございます」
 ダンボールの表示には、お楽しみセットと書かれている。カオルは子供のようにワクワクしながらダンボールを開けてみた。
「新作のチーズ味とトマトバジル味が入ってる! これ、今はレア商品で通販会社でも品切れなんですよ。よく手に入りましたね。小冊子も入っている!」
「知り合いに伝(つて)がありまして……。喜んでくださって、持ってきた甲斐があるというものでございます」
 ゴンザもカオルの喜ぶ顔が見れて、とても嬉しくなった。
 何しろ今は、ゴンザの主(あるじ)でありカオルの想い人である冴島鋼牙は、大魔導輪ガジャリとの契約により『約束の地』へと旅立ってしまった。
 いつ戻ってくるのかなど、誰にも分からないのだ。
 しかも北の管轄にある冴島邸は、シグマという男によってバラバラにされてしまった。
 鋼牙を待つ場所を失ったカオルが精神的にしんどい時期を過ごしていることは、ゴンザにとっても憂えるべき事態だった。
 いくら二人の絆が強くても、待ち続けてくれるかはカオルに決定権がある。
 ある日突然、アトリエが空っぽになっていたら……。
 ゴンザはそれが一番怖かった。

「ゴンザさん、いつもこんなに素敵な差し入れをしてもらっているのに、何のお礼もしなくてゴメンナサイ」
「何をおっしゃいますか。カオルさまが良き作品を生みだすお手伝いが出来れば、こんなにも嬉しいことはありません」
 『楽クッking』シリーズというのは、簡単に言うとレトルト食品の形態で煮物やスープなどがある。味付けが基本的に薄いので、姉妹品の『味なヤツ』シリーズと組み合わせると、そのバリエーションが格段に増えるのだ。
 しかも、外国料理用の中身もあるので、カオルはイタリア料理が恋しくなると、イタリア料理用を購入することがあった。
「そうだ、ちょっと休憩したいから、ゴンザさん、一緒に外でご飯を食べよう!」
「わかりました。謹んでお供させていただきます。」
 カオルは少し待っていてねと言うと、すぐに隣の部屋に行く。
 次に出てきたときは、薄く化粧をして綺麗な服を着た淑女がそこにいた。
「ゴンザさんに恥を掻かせちゃダメだから、少し気合を入れました」
 カオルは笑顔だったが、ゴンザは心の中で「鋼牙さま、素敵なカオルさまを私めだけが見て、申し訳ございません!」と、何度も自分の主人に謝っていた。


 二人はイタリアレストランで食事をすることにした。
 カオル曰く、この店は本格派でとても美味しいという。
 注文をして運ばれてくるのを待つ間、カオルは「そう言えば……」と、ある話をした。
「それじゃ、ゴンザさんは知っている? あの『楽クッking』シリーズの会社のトップの人、スゴイ愛妻家らしいって」
 一瞬、ゴンザは目を見開く。
「あ、愛妻家なのでございますか?」
「そう、なんでも奥さんの料理の腕に問題があるから、あのシリーズを作ったって聞いたことがあるの」
「……」
「お互いが忙しくてすれ違ってしまうときでも、仕事を持っている奥さんに手軽で栄養価の高いものを食べてほしい。そんな思いで作ったという話なんだって。良い旦那さんだよね」
「本当にそう思いますか!」
 ゴンザは胸が高鳴った。
「だって、そこまで愛されたら、女冥利に尽きるよ」
「そうでございますね」
 カオルの言葉に彼は嬉しくなる。
(鋼牙さま。カオルさまの今のお言葉、早くお伝えしとうございます)
 なにしろ『楽クッking』シリーズを作ったメーカーの筆頭株主は、冴島鋼牙その人なのである。


 老執事は当時のことを少しだけ思い返す。
 カオルがイタリアへ旅立ったあと、鋼牙は仕事でとあるホラーを倒した。
 被害者は食品会社の社長だったのだが、人を騙して手に入れた物がホラーのゲートだったのだ。
 あとに残された家族や社員は災難としかいいようがない。なにしろホラーに取り憑かれた時の社長の行動は常識を逸しており、会社はすぐに進退窮(きわ)まってしまう。
 このとき、会社にとって救いの主となったのが冴島家なのだ。

 鋼牙としてはホラーを退治した当初は、そのままいつものように放っておくつもりだった。
 だが、この時はイタリアに行ったカオルがこちらへ戻ってきたときのために、どんな料理下手な人間でも何とかなる食品シリーズを、そこのメーカーの人に開発してほしいと思ったのである……。
 そのことを聞き、ゴンザは動いた。

 そして息を吹き返した食品会社は、謎の筆頭株主の依頼に全精力を傾けてくれた。
 ただ、表立って動いているのはゴンザであり、表世界での冴島家ゆかりの人々なので、食品会社の人間はいまだに冴島家の当主という人物を見たことが無い。
 とにかく、そんなこんなで食品開発が行われている某日、ゴンザは独自の規格として食品会社から送られたアンケートを郵送で見ることになった。


――今後の参考のため、料理が下手な方の特徴を教えてください。(ただし、最初から味覚が普通と違うという方は除いてください。 例 味を感じない・一般と違う調理の教育をされているなど)

 月タイプ = 月夜の野外で料理をしているかのごとく、食材を正しく認識していない。または、勘違いしている。似ているが全然別のものを目的の食材と思い込んでいる。(例 彩りがいいという理由で、鑑賞用の実を料理に使うなど)

 火タイプ = 火の扱いが下手。または調理器具の性能を把握していない。

 水タイプ = 水加減が大雑把。または水そのものが美味しくない。

 木タイプ = 禁止事項・避けるべき料理方法などに疎い。(例 アク抜きなどの手間を惜しむ、一手間を行うことを嫌がるなど)

 金タイプ = 料理中に行った行為を覚えていない。メモ書きなどの記録をしないで頭の中で全てを済まそうとする。最初から覚えていないで勘で料理をする。(間違いを分かっていても反省しないタイプの方もこちらにしてください)

 土タイプ = 塩や砂糖、調味料を面白がって過剰に入れる。または入れてはいけない調味料を入れてしまう。

 日タイプ = 明るい場所で材料も揃っているが、非常に大変だという高いレベルの料理に無謀にも挑戦をしようとする。

 これらの文面を見たとき、ゴンザはカオルが複合型ではないかと思った。
 それでも、食品会社の方もそういう答えは予測済みらしく、カオルがイタリアから戻ってくるころには『楽クッking』シリーズが一応出来て、コマーシャル展開などをバンバンと行っていた。
 今では他のメーカーと提携したり味のバリエーションを紹介した小冊子を利用者プレゼントしたりと、カオルの為に開発されたシリーズは忙しい人たちに嬉しい人気商品になっている。
 鋼牙自身は、これでカオルの食生活に少しは手助けが出来たのではないかと安堵していたらしい。


「ゴンザさん?」
「こ、これは失礼いたしました。カオルさまに喜んでいただけると、選んだ甲斐があるというものです」
「本当は凝った料理も作りたいのだけど、忙しいとどうしても頼っちゃうのよね〜」
   その凝った料理が大問題なのかもしれない。
 ゴンザはそう思いながら、運ばれてきた料理を食べ始めたのだった。

   〜終〜