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魔戒騎士の事情?

 この日、レオの工房に珍しい客がやって来た。
 邪美である。

「どうしたんですか?」  
 ちょうど新しい魔導具の開発をしていたレオは半分驚きながら席を立つ。
「勝手に入って悪かったね」
 その妖艶な笑みにレオはドキドキしてしまう。
「それは構いませんが、何かあったのですか?」
 そう言いながら彼は邪美の後ろに視線を移す。
「お一人ですか?」
「子供の使いじゃないのだから、付き添いなんていないよ」
 その返事にレオは袋から魔導輪エルバを出した。第三者がいないと何か危険な気がしたから。
 何が危険なのかは、この際考えない。
『おや、邪美じゃないか。白夜騎士と喧嘩したのかい?』
 エルバは早速、軽口を叩く。
「喧嘩ねぇ……、仲良くやっているよ」
『それは何よりだよ』
「また修行の旅に戻るけど、帰るところがあるって良いね」
 二人の会話にレオは困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
「あの……、何かあったのですか?」
 このままでは邪美とエルバの世間話が始まりそうなので、彼は早速本題に入ってもらうことにした。
「あぁ、魔導具を借りに来た」
 邪美曰く、結界を張るときにあると便利な魔導具をレオは持っているのではないかと思いやって来たという。
「前もって張っておくということが難しい場所に、ホラーが巣くっているんだよ」
 レオはその場所とホラーの性質を聞くと「それならアレがいいですね」と、心当たりのある道具を取りに席を立った。


「もしかして、レオを怖がらせたかい?」
 邪美はエルバに尋ねる。
 人が来たからといってわざわざ魔導輪を同席させるのは、かなり警戒しているように見えるのだ。
『これはあの子なりに気をつかっているのさ。女性と二人ッきりでしたなんて、妙な噂を既成事実のように扱われたら面倒だからね』
 それにしてもエルバもまた、かなりレオに気をつかっているように見える。
「レオも大人なんだから、そこまでしなくても何とかするだろ」
 するとエルバが溜息をついた。
『あの子が魔戒法師のままなら、こんな心配はしないさ』
「どういうことだい?」
『閃光騎士・狼怒の鎧を継承できた。この時点で、あの子もまた狼の性質が強いのが分かった』
「狼の性質?」
『邪美はピンとこないかもしれないけど、称号持ちの魔戒騎士というのは、結構、狼の性質が強くてね。生涯にただ一人だけしか嫁を得ようとしないのも、その性質と言われているよ』
 ゆえに、人間側の事情で意に沿わない配偶者を得た家というのは、最初から相手の女性と後継者を作る気がない。そうなると家は断絶するか、養子を貰わないとならない。  そうやって、過去に幾つかの家系は消え去ったのである。
『全員が全員、そう言うわけではないらしいけどねぇ』
 社交的な魔戒騎士や女好きの魔戒騎士がいないわけではない。
 しかし、それらの者たちも自分の半身と思った女性にしか心を寄せない。それとこれとは話が別と、割りきっているところがあるらしい。
 レオも今は幼馴染みのミオを忘れられないようだが、彼女については色々と自分を抑えられた。
 だからエルバとしては、この世界のどこかにレオにとっての運命の女性がいるのではないかと期待している。


「生涯にただ一人……か」
『その性質さえなければ、強引に嫁を決めたり、生まれながらの婚約者ネタが使えたんだけどねぇ』
 エルバはカラカラと笑う。絶対にそんなことをする気がないから笑えるのだろう。
 ちょうどそのときに、レオが魔導具を持ってやって来た。
「すみません、探すのにちょっと手間取りました」
 そういって小さな箱を渡す青年の表情は、とても優しくて人懐っこい。
(理想が高いのではなく、運命の相手にしか目がいかないのか……)
 それ以外の人間の動向は、こちらが考える以上に意に介さないのかもしれない。
 恋人の翼が自分には口やかましいのも、とにかく全ての気持ちがこちらに向かっているためなのだろう。
 そう考えると、喧嘩もまた楽しからずやだ。
「ありがとう、使わせてもらうよ」
 邪美は礼をいうと、笑顔でレオの工房を立ち去る。
 彼はそのあと椅子に深く座り込んだ。
「なんか、楽しそうだったね」
『たまには女同士のおしゃべりというのも、いいものだねぇ』
「……」
 レオは再び机の上の魔導具をいじり始める。
 エルバは袋にしまわれなかったことを不思議に思いつつ、レオの様子を見ていた。