――画家の感性というのは不思議なものだ。
冴島鋼牙はそんな事を思った。
約束の地から戻ってから、鋼牙はカオルに少しずつあの場所で何があったのかを話すようにしていた。
忘れてはならないこと、あまり思い出したくはないこと。包み隠さず話しているつもりだが、たまに話が前後してしまうこともある。
そのうちカオルの方でもそのときの情景をスケッチして、鋼牙に見せるようになった。
彼女の描く絵はとても暖かく、そして的確だった。
もしかして自分と一緒に旅をしていたのではないか。そんな気がしてならない。
それとも自分は彼女の目を通して、あの世界を見ていたのだろうか?
「ところで鋼牙に質問!」
「なんだ?」
カオルが描いていた手を休めた。
「ザルバと魔戒剣とコートが無い状態から旅が始まったんだよね」
「そうだ」
このとき今まで大人しくしていた魔導輪ザルバが茶々を入れる。
『なんだ、カオルは鋼牙が素っ裸の方が良かったのか?』
とんでもない言葉に鋼牙は眉間のしわを深くし、カオルは慌てた。
「ザルバ」
「違うの、そうじゃないの!」
カオルは黒いボディスーツとブーツは最初から最期まで一緒だったのかと聞きたかったらしい。
そう言われると、確かにボディスーツとブーツは多少姿を変えたが、離れるようなことはなかった。
「一緒だった」
鋼牙の言葉にカオルは「そうなんだ〜」と嬉しそうに笑った。
「ボディスーツとブーツは作り主との約束を守ったのかな〜」
意外な言葉に鋼牙は眉を顰めた。
「だって、ずっと一緒だったんだよ」
わけの分からない力説に鋼牙の方が「どういうことだ」と尋ねる。
「あのね、友達からの受け売りなんだけどね、呆れないで聞いてよ」
「……」
「道具を作る人の中には、自分の作り上げた道具にちゃんと言っておく人がいるんだって」
「何をだ」
「たとえ壊されたり、乱暴な扱いをされても人を恨んじゃダメだよって」
そのわりには邪気をまとうオブジェは減らないし、ホラーもいなくはならない。
しかし、そのような想いで作られた道具もこの世にはあるのだろう。
約束の地で出会った陽気な物たちは、確かに人が好きだったようにみえる。
「カオルはそういう道具を見たことがあるのか?」
「噂みたいなものだったし本当だったらいいなぁって思っていたの。そうしたら鋼牙の話を聞いていくうちに、きっと鋼牙のボディスーツとブーツはそういう想いで作られたんじゃないかなぁって……」
「……」
「それでね、その二つが多少なりとも変形したのは、鋼牙を守るために一番良い方法を取ったんじゃないかなぁって」
マフラーが登場したのは鋼牙の首を守り、場合によっては誰かの傷を保護する為の布になれるように。
そして決して人間から離れなかったのは、それが己の存在理由だったからだと理解していたから。
そう考えると魔戒剣とコートの自我の強さが逆に納得できる。
誰にでも従順なものでは、攻撃力は格段に落ちるだろう。
鋼牙は椅子に寄り掛かると、目を閉じた。
「……人の手というのは凄いものだな」
この呟きにカオルも同意する。 「スゴイよね」
人間側では何となく話がまとまったのだが、このときザルバが『そおかぁ〜?』と声を出した。
そして次に出たのは爆弾発言である。
『鋼牙がカオルに襲われたとき、そいつら無抵抗だったじゃないか』
「!!!!」
「ちょっと、ザルバ!! 変なこと言わないでよ!!! あの時は木箱の中だったくせに」
語るに落ちるというのはこういうことなのかもしれない。
鋼牙はザルバを睨み付け、カオルは顔を真っ赤にしていた。
〜了〜
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